持て成す心を味の変化に込めて、静岡だけで成立させるローカルガストロノミー

茶懐石 温石のムギイカとクレソンの土鍋ご飯
焼津「茶懐石 温石」の6月のお任せコース。ムギイカとクレソンを合わせた土鍋ご飯

日中の暑さがひんやりと和らぐ6月の夕刻。

季節が進むのを実感させるように、風に揺れる白い暖簾と、仄かに灯り始める「茶懐石 温石」の文字。

石畳の小庭を抜けるアプローチでは、瑞々しい苔の緑が迎えてくれる。

茶懐石 温石の石畳と苔が広がる小庭のアプローチ
石畳と瑞々しい苔に迎えられる、茶懐石 温石の小庭のアプローチ

静岡県焼津市。

駿河湾の豊かな魚介に恵まれたこの街で、地元の食材と真正面から向き合いながら、季節そのものを料理へと落とし込む日本料理店が「茶懐石 温石」。

「茶懐石 温石」への初訪問では、焼津の魚を軸に組み立てられる料理と、この土地だからこそ成立する杉山氏の世界観を詳しく紹介しています。
→ 初訪問|焼津「茶懐石 温石」で味わったお任せコースはこちら

靴を脱ぎ、丁重に招き入れていただくカウンター。

ダウンライトは手元だけをスッと照らし、静寂に包まれた空気が高揚感を心地よい緊張感へと変えていく。

同じくこの日を待ち焦がれていたであろう9名のゲストが揃ったところで、6月のコースが静かに始まった。

焼津「茶懐石 温石」で味わう6月のお任せコース

料理は「お任せコース」のみ。

この日いただいた内容は以下の通り。

お任せコース

・焼津の鯵の胡瓜巻き 梅肉
・焼津のジンドウイカの炭火焼き 水菜
・焼津のヒラアジ モロヘイヤのお浸し 自家製山椒油がけ
・お椀 焼津のアマダイ 椎茸 わらび 柚子
・お造り 焼津のアオリイカ/焼津のイサキ
・葉生姜の揚げ真薯
・口直し トマト
・うなぎの包み焼き
・ズッキーニの炭火焼き
・金目鯛鱗焼き 木の芽酢
・枝豆の摺り流し
・炊きたての生姜ご飯
・葛煮 折戸茄子/地物の蛤/オクラ
・食事① ムギイカとクレソンの土鍋ご飯
・食事② 生しらす乗せご飯
・食事③ 冷やし胡麻だれ茶漬け
・甘味 びわ 密香茶ジュレ/山菜餅
・お抹茶

焼津の鯵から、静かに始まるコース

焼津の鯵を使った胡瓜巻きと梅肉
焼津で獲れた鯵を胡瓜で巻き、梅肉の酸味で清涼感を添えた先付け

先付けは焼津で獲れた鯵の胡瓜巻き。

ギラリと反射する身の光沢のままに、舌へ浮かび上がるノリノリの脂。

そのまま旨味へと遷移させながら、梅肉の絶妙な酸味と胡瓜の小気味よさ、ミネラルで清涼感へとベクトルを合わせる。

焼津、そして温石の扉を静かに叩くかのように、味覚をアイドリングさせてくれる逸品。

炭火で輪郭を与える、焼津のジンドウイカ

焼津のジンドウイカの炭火焼きと水菜
炭香を纏わせた焼津のジンドウイカ。水菜と自家製粒マスタードを添えて

炭台にジンドウイカが乗せられると、パチパチと弾ける音と香りによって滋味深い情景が生まれる。

仕上げに醤油を塗ったゲソが炙られれば、食欲をそそる芳ばしさが早くも嗅覚を掴んで離さない。

しっとりとした身に纏う脂には炭香がふんだんに乗り、イカスミ塩のコクによってグッと引き立つ身の旨さ。

水菜で味を切り替えながら、自家製粒マスタードの辛味によって旨さの輪郭を愉しませる。

ヒラアジと自家製山椒油、素材の持ち味を伸ばす料理

焼津のヒラアジとモロヘイヤのお浸し 自家製山椒油がけ
焼津のヒラアジにモロヘイヤのお浸しを合わせ、自家製山椒油で旨味を引き立てる

面白かったのは、焼津で獲れたヒラアジ。

火を入れたヒラアジを自家製の「山椒油」で味付けし、モロヘイヤのお浸しを敷き詰めた一皿。

山椒油が身の旨味をスッと引き立て、そしてハイトーンで伸ばし切る。

崩すほどに舌へ伝わる旨味をグングンと主張させながら、とろみを持つモロヘイヤの青みで均衡を図る設計。

最後には花穂紫蘇がそっと咲くように優しい余韻を残す。

素材の持ち味、相性、そしてバランスの妙へ夢中にさせるヒトサラ。

甘鯛のお椀と、焼津の海を映すお造り

焼津の甘鯛と椎茸、わらび、柚子を使ったお椀
焼津の甘鯛に椎茸、わらび、柚子を合わせた、滋味深く澄んだお椀

お椀は焼津の甘鯛。

口に運ぶ瞬間に昆布を醸し、クリアな旨味が粘膜へ優しく馴染む。

密度のある甘鯛の身には仄かな塩気が均一に帯びており、崩すほどに艶感とともに味わいが花ひらく。

出汁を潤沢に汲み上げる椎茸、そしてわらびの趣きが椀に深みを添える。

お造りはどちらも地物。

焼津のアオリイカとイサキのお造り
焼津で水揚げされたアオリイカとイサキ。地物の力強さをシンプルなお造りで

噛むほどに濃厚な甘みがねっとりと膨らむアオリイカ。

そして、ここで異次元の旨さを放ったのが焼津のイサキ。

ハリのある身を噛み締めていく過程と、一切の雑味を感じさせない後味。

イサキらしさを残しながら、それだけでは片付けられない“ちゃんと旨い”余韻が堪らない。

焼津という土地が育む魚に、漁師の仕事、そして魚屋の目利きが重なって初めて届く味なのだろう。

久能葉しょうがを使った揚げ真薯

久能葉しょうがを使った揚げ真薯
静岡・久能地区の葉しょうがを忍ばせた揚げ真薯。食感と爽やかな香りを楽しむ

焼津らしい練り物として登場したのは、葉生姜の揚げ真薯。

優しく噛み締めるだけで真薯がほどけ、生姜の歯応えを忍ばせながら、奥ゆかしい塩味が味覚とナチュラルに繋がっていく。

使われているのは、静岡市久能地区で生産される「久能葉しょうが」。

魚だけではない。

静岡という土地を構成する食材が、少しずつコースの中で存在感を増していく。

鰻と万願寺とうがらし、自家製豆板醤まで

串打ちされた鰻が炭火で地焼きされた途端、一気に芳ばしい香りが空間を支配する。

鰻、万願寺とうがらし、木の芽を北京ダックの皮で包み焼きに。

茶懐石 温石のうなぎと万願寺とうがらしの包み焼き
炭火で地焼きした鰻と万願寺とうがらし、木の芽を皮で包んだ温石らしい一皿

鰻の滋味深さと万願寺とうがらしの辛味が噛み合い、モチッとした皮の食感によってトルクを上げる旨さ。

さらに、瞬間的に火入れした万願寺とうがらしの辛味を自家製豆板醤で補うという離れ業。

主役だけで完結させず、調味料まで自ら組み立てることで一皿のバランスを高みへと押し上げていく。

続くのは、燻すようにゆっくりと焼き上げたズッキーニ。

口に放つミネラルは許容量を遥かに越え、ちょこんと添えた玉葱醤油が絶妙なコクをプラスする。

温石のスペシャリテ「金目鯛の鱗焼き」

茶懐石 温石のスペシャリテ 金目鯛の鱗焼き 木の芽酢
パリッと弾ける鱗とふくよかな身。木の芽酢で初夏を映す、温石のスペシャリテ

再び炭台へ注目が集まる。

登場するのは、揺らぐことのない「茶懐石 温石」のスペシャリテ、金目鯛の鱗焼き。

絵皿と金目鯛の鱗が美しく調和するヒトサラ。

パリッと弾ける皮の煌めきに反して、身はふくよか。

ほどける脂に木の芽酢の引き締め作用が絶妙にアジャストし、力強い金目鯛を初夏らしい味わいへと導いていく。

同じスペシャリテでありながら、季節によって表情を変える。

その味の移ろいに陶酔する。

枝豆、新生姜、折戸茄子。静岡の初夏を一皿ずつ

茶懐石 温石の枝豆の摺り流し
初物の枝豆を使った摺り流し。立ち上がる香りとピュアな甘みを一椀に

初物を意識した枝豆の摺り流し。

茶豆かのようにふわりと立ち上がる抜群の香りと、ざらつくほどにピュアな甘み。

そこへ粒を忍ばせ、食感にも変化を与えている。

炊き上がりの土鍋ご飯は新生姜。

茶懐石 温石の土鍋で炊き上げた新生姜ご飯
土鍋から炊き上がったばかりの新生姜ご飯。米粒一つひとつに爽やかな香りが宿る

煮えばなの柔らかさの中にも米粒の輪郭ははっきり。

生姜の香りが一粒一粒に宿り、日本人としてこの上ないおいしさで満たされる。

ここで炊き合わせとなる葛煮。

弾けるオクラの小気味よさに、地物の大きな蛤はまるで牡蠣のような存在感。

そして、それに負けない味を放つのが清水の伝統野菜「折戸茄子」。

折戸茄子と地物の蛤、オクラを使った葛煮
清水の伝統野菜・折戸茄子に地物の蛤とオクラを合わせた葛煮。静岡の風土を映す一皿

三保地区の生産者のもとへ自ら足を運んで仕入れるという食材で、水はけの良い土地が育てた上質な旨味が、一口でその背景までも届けるようにグッと満たしてくれた。

ムギイカ、生しらす、冷やし茶漬け。三度楽しむ土鍋ご飯

焼津の生しらすを乗せた生姜ご飯
今朝獲れた生しらすを炊きたての生姜ご飯へ。焼津ならではの鮮度を楽しむ二膳目

土鍋に盛り付けて完成したのは、クレソンとムギイカのご飯。

必然的に箸を伸ばすムギイカには絶妙な塩気が帯びており、味を整える塩とムギイカ自体を引き立てる塩、2種類を使い分けた味のレイヤー。

綺麗な湧き水で育ったクレソンとともに、その旨味をただただ米へと反映させていく。

二膳目は、今朝獲れた生しらすを乗せて。

滅多にいただく機会のない生しらすには一切の雑味がなく、仄かな香りが生姜と同調して着地する。

そして三膳目。

クリーミーな口当たりと乾いた胡麻の風味に米の甘みが映える、冷やし胡麻だれ茶漬け。

茶懐石 温石の冷やし胡麻だれ茶漬け
クリーミーな胡麻だれと米の甘みを楽しむ、締めの冷やし胡麻だれ茶漬け

まったく異なる三つのテイスト。

満腹が近づいていると分かっていても、すべて試したくなる。

これも温石を訪れる楽しみの一つ。

びわと山菜餅、最後は一服の抹茶へ

タラの芽やウド、山椒を使った茶懐石 温石の山菜餅
タラの芽、ウド、山椒、もち麦、白味噌餡、胡桃を重ねた温石の山菜餅

デザートには、蜜香茶のジュレが爽やかな甘みへと導くびわ。

そして、タラの芽、ウド、山椒、もち麦、白味噌餡、胡桃を合わせた山菜餅。

最後にカウンターへ静寂が戻り、抹茶を点てる音だけが響く。

抹茶碗から立ち上がる香り。

甘みと渋みがゆっくりと浸透していくと、長いコースの余韻とともに心まで洗われていく。

ノンアルコールだからこそ見えた、料理とお茶の関係

茶懐石 温石で提供されるお茶を使ったノンアルコールドリンク
ノンアルコールでも香りまで楽しめるよう、グラスで提供されるお茶を使ったドリンク

今回は初めて、コースをノンアルコールで通してみた。

お酒を飲まないゲストに向け、お茶を使ったフルーティーなドリンクが用意されているほか、梅ヶ島の釜炒り茶も料理へ自然に寄り添う。

そのほろ苦さとコクが口の中をリセットし、次の一皿へと味覚を繋いでいく。

日本酒とのペアリングだけでは見えなかった、温石のもう一つの楽しみ方だった。

魚だけではない。「静岡だけで成立させる」という強さ

焼津の日本料理と聞けば、どうしても魚へ目が向く。

もちろん温石にとって、焼津の魚は大きな柱であることに違いない。

しかし今回印象に残ったのは、その周囲を固める静岡の食材だった。

三保地区まで足を運んで仕入れる折戸茄子。

久能地区で育てられる久能葉しょうが。

地物の蛤、生しらす、クレソン、そして焼津で水揚げされる魚たち。

さらに料理を支える山椒油、木の芽酢、自家製豆板醤。

土地の素材を並べるだけでは「ローカルガストロノミー」にはならない。

それぞれの個性を見極め、火を入れ、味を重ね、時には引き算をしながら一つのコースとして成立させる。

そこに温石らしさがある。

「前回と被らないものを」――料理に込められた持て成す心

茶懐石 温石の杉山氏がお椀に出汁を注ぐ調理風景
カウンター越しに杉山氏の所作まで楽しめる温石。お椀へ静かに出汁を注ぐ一幕

何度訪れても、同じ場所で同じものを食べている感覚にならない。

今回使われていた山椒油や木の芽酢、自家製豆板醤にも、杉山氏の「前回と被らないものを出したい」という心意気が込められていた。

スペシャリテは残す。

しかし、その周囲にある季節、食材、調理、味付けを変化させる。

再訪する客を覚え、その人にとっての“初めて”を料理の中へ忍ばせる。

持て成す心を、言葉ではなく味の変化に込める。

だからこそ訪れる度、新たに陶酔させる一皿と出会えるのだと思う。

静と動が司るカウンター。

魚の街・焼津にありながら、魚だけでは語り切れない。

静岡という土地だけで一つの世界を成立させる、焼津が誇る素晴らしき日本料理店です。

茶懐石 温石|店舗情報

焼津市本町にある茶懐石 温石の外観
焼津市本町に佇む日本料理店「茶懐石 温石」。静かな暖簾の先にカウンターが待つ

店名: 茶懐石 温石
所在地: 静岡県焼津市本町6-14-12
電話番号: 054-626-2587
営業時間: 12:00~/18:30~
定休日: 不定休

※営業時間・営業日は変更となる場合があります。最新情報をご確認ください。